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生涯学習通信

「風の便り」(第49号)

発行日:平成16年1月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. 三つの社会化と三者連携 −「学校」は理解できるか?−

2. 誰の味方か? −「女性の味方」と「論理の味方」−

3. 民主主義の迷信 −リストラン「元気交差点」の破綻−

4. 「衰弱と死に向かっての降下」−「介護予防の義務付け」−

5. MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

「衰弱と死に向かっての降下」−「介護予防の義務付け」−

   1月19日、日経の朝刊は「介護予防の義務付け」を一面トップで報じた。他の新聞はどうであったろう。福祉の関係者もようやく「厄介老人」の発生原因に気付いたということであろう。いまだ現役の働き盛りで、想像力に欠けた人びともようやく加齢がもたらす、心身の機能低下の重大性を自覚したということである。したがって、熟年の衰弱は「介護保険」を破壊することに気付いた。記事によると、”掃除など介護の申請があった場合でも、利用の前に介護予防サービスの利用を義務付ける”という。目的は”「身体機能改善」の取り組みを怠って状態が悪化するのを防ぐこと”である。当然、結果的に給付費を抑制したいわけである。

   しかし、記事にある通り、彼らは「身体機能改善」に限定して発想している。衰えるのは身体だけだと思っているからである。熟年期の問題をまだ理解していない。江戸時代の狂歌の方が事の核心を洞察している。曰く、『くどくなる、気短かになる、愚痴になる、心は僻む、身は古うなる』である。熟年期は、総合的に衰えるのである。肉体、精神、心気のエネルギー全てが下降する。衰えるのは感覚体のすべてである。筆者のように、すでに熟年期の真只中にあって、刻々と衰弱の過程を辿っている本人がいうのだから間違いはない。まだまだ元気な現役には衰弱の実感がないであろう。まだ、「そこへ行ったことのない者」に”分かれ!”、といっても無理なのかも知れない。そうであればなおのこと問題の所在は、当事者の熟年に聞くべきである。

「学福」融合                                          

   健康の意識が高まって、確かに周りには様々な運動やスポーツに取り組む熟年者が増えた。しかし、彼らが同時に「頭」や「気」を使わなかった時、身体だけを鍛えても効果は十分ではない。人間は感覚体の総合である。一部だけの衰えを予防しても効果は上がらない。身体も使う。気も使う。頭も使う。そのための活動を発明しなければならない。だから生涯学習が必需品になったのである。縦割り行政の中で厚労省が「衰弱」の予防を義務付けたとして、誰が総合的な予防プログラムを実施するのか?福祉には担当する専門家はいない。行政としての教育・スポーツ指導の経験の蓄積もない。そうなれば、生涯学習と福祉の融合こそが「介護予防」の処方箋である。生涯学習と生涯スポーツは衰弱の予防においてもっとも威力を発揮するのである。「学福融合」こそ介護予防の問題が投げかけた生涯学習の新しいステージである。公民館はデイケアセンターを兼ねて、デイケアセンターは公民館を兼ねる。熟年に関する限り社会教育単独の領域は消滅したのである。また、介護の予防を標榜して、心身の活動を促進しようとするのであれば、福祉は生涯学習や生涯スポーツにかなうはずはない。熟年期は心身の機能を総合的に駆使する活動プログラムを用意しなければ危機を回避することは難しい。

    高齢社会の問題サイクルは次のように循環する。「高齢人口が増大し」→「加齢と共に」→「『労働』からの引退が『活動』の停止を誘発する」→「『活動』の停止は『生きる力』を低下させ」、「心身の機能を衰弱させ」→「多くの高齢者が家族とシステムに不可避的に依存せざるを得なくなる」→「結果として他者の厄介にならざるを得ない『厄介老人』が大量に発生し」→「介護保険・医療保険を破綻させ、併せて地域の活力も粉砕する」。地域の活力の低下、熟年の危機を回避するためには、問題サイクルを逆に辿らねばならない。

   筆者の提案に対してある社会教育関係者から夫君を心配する個人的な感想が寄せられた。彼は、「仕事ひとすじ、休日はパソコン相手の囲碁と将棋、時々植木の手入れ、そして定年間近である。」現在、彼が仕事に投入しているエネルギーと思いのせめて半分でも振り向ける対象を発見しない限り、退職後の彼の熟年期は悲惨であろう。厚労省や文科省が老人クラブや高齢者学級に唱導してきたゲートボールやグランドゴルフ、歌と踊りと風呂に象徴される甘えに満ちた「パンとサーカス」の老人プログラムで高齢社会の生涯時間20年は生き抜けない。

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