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(第53回生涯学習フォーラム 参加論文)

熟年活力の条件 −高齢者教育の貧困と福祉の蒙昧−

−中国・四国・九州地区生涯学習実践研究交流会 発表事例の分析と総括−

平成17年1月15日(土)

福岡県立社会教育総合センター

三浦清一郎

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熟年活力の条件 −教育の貧困と福祉の蒙昧ー境界領域の空白−

1   「老い」の意味

   (1)  熟年の危機


  熟年の危機は人間の欲求に対応している。マズロウの研究を借りれば、人間には5段階の欲求がある。欲求には「段階性」、「順序性」がある。下の段階の欲求が満たされなければ、上の段階の欲求は到底実現不可能である。幸福の条件は基本的に下から上に満たして行くのである。それらは、「生存」ー「安全」ー「親和・社会性」ー「達成」ー「自己実現」の5段階である。それぞれの欲求には、それが満たされなかった時の人間の不幸の原因が対応している。不幸の原因への対応にも又「順序性」がある。5つの「欲求」に対応する順序で言えば、「死への怖れ」ー「安全の不安」ー「人間関係からの疎外感・孤独感」ー「役割の喪失による無価値感・焦燥感」ー「自己実現のない不完全燃焼感」である。高齢社会に生き残ることは上記5つの不幸に当面する危険を常に含んでいる。一つ一つが熟年に危機をもたらす。生涯学習も高齢者福祉も基本的にこれらの危機に対処することが目的である。にも関わらず高齢者に対する健康促進活動、教育活動、社会参加活動、生き甲斐充実活動のいずれの分野においても教育は貧困であり、福祉は蒙昧と言わざるを得ない。


   (2)  「人生は労働である」という錯覚

   「人生は活動である」。にもかかわらず、「人生は労働から出来ている」と多くの先進諸国は錯覚して来た。これはスイスの老年学者ポール・トゥールニエの名言である。この錯覚の上に立てば、日々は「労働」のためにある。したがって、「労働」が終った定年のあとには何もない、ことになる。当然、定年後の「活動」の準備は出来ていない。残された生涯時間の「消費計画」も立ててはいない。労働という特別の「生産活動」や「サービス活動」を、それ以外の社会的・文化的活動と等距離において来なかった個人は、定年後がすべて「日曜日」になる。「日曜日」はウィークデーの労働を前提として初めて意味があったが、毎日が日曜日になれば、日曜日の意味を失う。
   労働の季節においては余暇は「労働からの解放」である。しかし、労働の季節が終われば、余暇の概念も消滅する。日曜日の意味が稀薄になる。意味付けの構図は、「労働」対「余暇」であり、「束縛」対「自由」であったからである。「労働」の「生産」に対して、「余暇」の「消費」であった。人生の意味付けは「労働」の意味に依存して行なわれたのである。遊びも、付き合いも、人生の相談事すらも、労働を通して形成された人間関係の中で進めて来たはずである。ところが定年は「労働」と「生活」の関係を遮断する。人間関係においても、一気に「職縁」を断ち切る。昔の名詞は使えなくなり、それまでのやりがいも、人間関係のネットワークも奪い去る。それゆえ、「労働」のみに依存して生きれば、定年後の人間関係が消滅し、人生の意味が「空白」になる。労働がなければ、「毎日が日曜日」は「自由の刑」と同義である。何をやってもいいし、どこへ行ってもいいが、そこから満足や充足を得られるか否かは、本人の自己責任ということになる。もちろん、事前の準備なしに、平均20年もの老後の「自由時間」を充足するという器用なことは普通の人間には出来ない。定年後の余暇が「自由の刑」になるのはそのためである。「余生」の概念も、「隠居」の概念も人生50年の時代の発想である。厳しい労働の後に残された数年を幸運の余暇として過ごした時代の発想である。だからこそ、わずかに残された「余生」の自由が際立つのである。隠居もその大半は制度が定めた定年ではない。束の間の平和な時間を楽しむ自らの決断であり、数年の後には訪れるであろう死に対する準備期間であった。高齢社会では、余生は「生涯時間」として計算され、隠居は年金生活の孤独や要介護の生活の不安に直結している。


   (3)   「定年は革命」

   高齢社会は人生80年である。人生50年の時代とは基本条件が決定的に異なる。20年の「余生」は、すでに「余りの生」ではない。20年にも亘る隠居は準備を怠れば、ほとんど「幽閉の時間」に近い。それゆえ、高齢社会の定年は「革命」である、と大谷氏は指摘する(*1)。それは手続きの上でも、覚悟の上でも、生活スタイルの転換でも、ものの考え方でも、それまでの生き方を一変せざるを得ない「革命」だったのである。この革命がうまく乗り切れないのは、これまでの社会が、労働に余りにも大きな比重をおき、労働以外の活動を十分に認知してこなかったことの不覚である。「定年うつ病」が流行るのも、引退後の「やりがい喪失症候群」が起こるのも、高齢社会における「自由の刑」と「幽閉の時間」の長さと残酷さを象徴している。ボランティアをすすめる書物は、人はそれぞれに役立つ機能をもっているのだから、それを人の役に立てて自分の「存在確認」をせよ(*2)、と言っている。労働は人間の「存在確認」機能を果たしていたのである。それゆえ、労働からの引退は「存在確認」の喪失を意味する。定年後、己の生きる証がなくなることが「自由の刑」の「刑」たる所以だからである。そして「存在確認」を可能にするものこそが「意義ある活動」であり、「他者」による承認であり、それぞれの欲する「社交」に外ならない。
ボランティアはその3条件を満している、という指摘である。

(*1)   大谷 健、定年族の時間割、主婦の友社、平成10年、p.15
(*2)   堀田 力、肩書きを外し、先ず参加してみよう!、熟年だからボランティア!!、ボランティア情報研究会編、学習研究社、2002年、p.16



   (4)  心身の機能の衰退

   「老いは衰弱と死に向かっての下降」である(ボーバワール)。それゆえ、心身機能の衰退は生物の必然である。「生きる力」の大切さは、当然、少年だけの問題に留まらない。高齢者こそ意識的、計画的に、これまでに築き上げて来た「生きる力」の保持に努めなければならない。衰弱に向かっての下降が加齢とともに加速するからである。
   老いてなお元気に活躍し続ける高齢者とそれが出来なくなった高齢者を分ける一線は活動の「有無」であり、活動の「質」である。活動こそが心身の機能を動員して、感覚体に一定の「負荷」をかけ、結果的に機能の衰退を防いでいるからである。活動には、工夫の仕方如何で、情報の収集も、学習も、人間同士の交流も、社会の認知も、自尊感情の維持も含まれる。要するに、身体も、頭も、心も人間の感覚体を総動員して使い続けるのである。感覚機能は使い過ぎれば壊れる。使わなければ衰退する。ほどほどの負荷をかけて使えば、高齢者であっても、緩やかな下降に留めることができる。それゆえ、鍵は生涯学習、生涯スポーツ、ボランティア活動にある。
   もちろん定年を境に原則として労働という活動に復帰することは出来ない。定年者はそれまでの経験を活かして、労働以外の活動を発明し、新しい社交の探検をしなければならない。労働以外の社会的・文化的活動の代表は社交と、学習と、スポーツと、ボランティアである。それはつまるところ生涯学習のシステムに大いに関係している。生涯学習が、高齢社会における立国の条件になるのはそのためである。
   しかし、現状の日本社会は、市民を生涯学習に招待することに失敗している。特に、高齢者の活動舞台の創造に失敗している。高齢者大学も、老人センターのプログラムも、その大部分は歌と踊りと趣味、教養に代表される。それゆえ、多くの高齢者が、他者との責任あるかかわり、社会への貢献を忘れている。軽い楽しみだけでは生涯時間20年の「生きる力」は保持できない。楽しみだけの軽い活動に人生の意義も、「生きる力」の向上も見出せないのは、かつて多くの女性が体験した「カルチャー難民」現象と同じ種類の問題である。人生50年時代の短い余生は「習い事」、「芸事」の文化が埋めることができた。平均寿命から見て、当時の高齢者が発揮出来るエネルギーも気楽な習い事に相応しい程度のものであったろう。しかし、現在の熟年層の状況は異なる。心身の機能の準備さえ怠りなくば、60代はまだ溌溂と暮らしうる。しかし、準備無しでは一気に衰弱が始まる。現に、定年後の無聊と無活動状態は定年者の「生きる力」を一気に下降させている。人生80年の時代が来たにもかかわらず、高齢者の活動を軽い遊びと教養に限定したことは、文部科学省や高齢者福祉の最大の失敗である。何らかの役割と責任を負って社会とコミットする機会がなければ、人間の活力を維持することは出来ない。社会的動物は高齢期に至っても、当然、社会的動物である。社会的動物から「社会」を奪い去れば、人間が活力を失うのは当然である。現行の高齢者福祉も、高齢者教育もそのプログラムを見れば、人間の活力に関する単純な原理が分かっていない。
   高齢者の生涯活動を担当する専門の機関ですらそうした状況であるから、一般の人々の「生きる力」の自衛に対する自覚と認識は薄い。「気侭に暮らすこと」、「楽に暮らすこと」、「無為に暮らすこと」などが「生きる力」に敵対することを見過ごしている。定年後に、適切な活動を発明・発見できない高齢者が多ければ多いほど彼等の活動は停滞する。結果として、医療保険は大赤字であり、介護保険も大部分は赤字である。活動しない高齢者が一気に心身の衰耗を来たし、定年とともに社会のシステムに依存するからである。残念ながら、生涯学習が高齢社会の政治や経済に直結していることについての政治家や経済人の認識もいまだ稀薄である。心身が衰耗すれば、家族や社会の厄介にならなければ生きられない。それが「厄介老人」である。「厄介老人」の大量発生こそが高齢社会の基本問題である。対処の鍵は生涯学習・生涯スポーツ・ボランティア活動が握っている。
 


   (5)  孤立と孤独の不可避性

   高齢社会は平均値の寿命が伸びるということである。夫婦、仲間が揃って長命になるということではない。寿命のばらつきは、取り残される高齢者、生き残る高齢者の人間関係の貧困化を助長する。生き残ることは、「孤立」と「孤独」を意味することが多い。生き残ることは、心の支え、気持ちの拠り所となって来た人々を失うことと同義だからである。それ故、高齢期こそ社交と人間関係の「補充」に努めなければならない。
   生涯学習を論じるには「生存」と「安全」が保証されていることは前提条件である。その上で、取り合えず、日々の人間関係と活動の成功体験を確保したい。それが「高齢期ミニマム」の条件である。引退した後まで自己実現などという贅沢はいうまい。労働を離れたあと、余程幸運でない限り、多くの人にとって、社会の期待と自らの活動欲求が一致する自己実現は遥かに遠い目標である。高齢期はどこかで「足ること」も知らなくてはならない。
   精神的、経済的、社会的に自立していれば、一人になってもそれは「独立」と呼ばれる。しかし、心身共に衰耗した「厄介老人」が取り残されれば、一人になることがそのまま「孤立」と「孤独」に繋がる。建築家の高橋氏は介護に「命の介護」と「文化的介護」の2種類があると指摘する。「命の介護」とは文字どおり生きるための介護であるが、「文化的介護」とはより良く生きるための介護である。換言すれば、「文化的介護」とは、高齢者を、高齢者が苛まれる孤立感、疎外感から解放する手だてを含んだ介護である。高齢者の介護は「さびしさ」との戦いである。社交のある文化的介護は、高橋氏のいう「さびしさ産業」である(*3)。現役世代が企画する生涯学習にも、福祉プログラムにも高齢者の孤立と孤独に付いての配慮が決定的に欠落している。それは企画者自身が自らの危機としていまだ感じていないものだからである。
   従来、「さびしさ」は個人が乗り越えるべき私的な問題であったが、今は違う。高齢社会では、人々を孤立から守る社交の創造がプロの仕事になりつつあるのである。翻って、現状では、生涯学習も、福祉も、それぞれに課された「社交」の開発役割をほとんど自覚していない。高齢社会では、高橋氏のいう「文化的介護」のために、福祉と生涯学習のドッキングが不可欠になるのである。
   心身が衰えた上にひとりぼっちでは、到底人はいきいきとは生きられない。人々の心を支えうる社交が重要になるのはそのためである。家庭を営み、労働に従事している間は、人は、好むと好まざるに関わらず、社交の中にいる。社交とは、対人関係を維持することである。対人関係は、時に、気を使い、時に、心を働かせ、時に、精神を躍動させ、時に我慢をする。要するに、心身の機能を使い続けることになる。それが活力を生み出し、ボケを防ぎ、衰耗を先に延ばす。感覚体を働かせることが「生きる力」を保持することに繋がっていたのである。社交の創造は高齢社会の活力を維持する処方箋である。「社交」の促進にもプロの参加が必要になる所以である。公民館の職員を「社交」の意味も何も分かっていない役場や市役所の職員でたらい廻しにする愚行をいまだ地方のトップは理解していない。

2  生涯学習の役割

  (1)  新しい「縁」の創造

   一人になったあとも元気に活動を続ける高齢者は人間関係のネットワークを維持している。「活動」と「社交」が元気を支えている。その多くは、血縁や、地縁に基づくものではない。もちろん、定年をとっくに過ぎている以上、職縁に基づくものでもない。新しい人間関係の大半は「生涯学習の縁」であり、「ボランティアの縁」のである。それらは志を同じくする「志縁」であり、学習をともにした「学縁」であり、趣味や楽しみを共有する「同好の縁」である。これらの縁は活動をすすめる縁であるが、ほぼ同等の重みで「社交」を維持する機能を果たすことになる。そして「社交」こそが心の拠り所として老後の孤立から人々を守るのである。新しい「縁」の創造こそが高齢社会に生涯学習が貢献し得る最大の機能である。

(*3)  高橋英輿、老後をさびしく耐えますか、ともに楽しく生きますか、風土社、1998年、pp.44〜45


  (2) 「社交」舞台の創造

    1)  「心の支え」を得る、「気持ちの拠り所」を見付ける

   心の支えとは「居甲斐」である。「居甲斐」とは「あなたがいて良かった」といってくれる人々の存在を意味する。人々の認知によって、そこに居た甲斐があった、と実感するのである。ややもすると生涯学習も、ボランティアも、活動の「やり甲斐」に目を奪われ、行為の対象や方法だけが強調されがちである。しかし、あらゆる活動の副産物は交流であり、社交である。もちろん、居甲斐は交流と社交によってもたらされる。「やり甲斐」と「居甲斐」があいまって「生き甲斐」を形成する。時に、人々が心身の衰耗の結果、具体的にほとんどの活動が出来なくなったあとも、社交があれば己を支えることができる。「居甲斐」こそが生きる力を支える最後の気持ちの拠り所なのである。もちろん、横沢氏の言うように"人と会うのは力仕事"である(*4)。人と会うのは疲れる。だからトレーニングが必要になると横沢氏は指摘する。人は最終的に人との出会いを求めている。一人で生きるよりは支え会って生きる方が楽しいからである。仲人機能が大事なのは、必要な「力仕事」を楽にするためである。生涯学習の主要任務は交流の「応援」と「仲人」である。関係者はそのために力量を発揮すべきである。高齢社会の公民館職員や社会教育主事の基本資質は愛嬌と親切である。特に、高齢者の生涯学習担当に愛嬌のない社会教育職員を配置してはならない。

(*4) 横沢 彪、それでも「人と会おう!」、新講社、2001年、p.28

   2)  活動を継続する

   「居甲斐」は「居甲斐」を目的とした単独のプログラムでは作り出すことが難しい。交流は能動的な活動の副産物だからである。「ふれあい」プログラムの大半が愚かなのは、パーティーやコンパで「ふれあえば」人間関係が生まれると錯覚していることである。「見合い」は日本の伝統文化であるが、「見合い」が機能するのは、制度の強制が背景に存在するからである。制度の強制がない時、表面的な出会いが人々を交流へ導くことは稀である。まして、己の存在感を実感できるほどの「居甲斐」に導ける筈はないのである。
   特に、「縦社会の人間関係」と総括される日本文化において、単なる「ふれあい」が社交や居甲斐に繋がることは少ない。夙に、中根千枝氏が指摘したように、日本人の交流の深化には活動をともにする時間が必要である。仲間との連帯は「経験の共有」によって形成され、深化される。「同じ釜の飯を喰う」とはそのことである。「同じ釜の飯」も、「経験の共有」も基本的に「活動」の中にしかない。「ふれあいパーティー」も確かに活動の一種ではあるが、心身の機能の動員のレベルがいかにも軽い。物事を成就するための活動とは動員される心身のエネルギーの量が大きく異なるのである。要するに、活動に必要となるエネルギーや能力の「負荷」が違うのである。活動の「負荷」が高いほどわれわれは全身全霊を打ち込んで対処する。「パーティー仲間」の連帯が「戦友」の絆にかなわないのは、「同じ釜の飯を喰った」時の「負荷」の大きさの違いである。苦労をともにした仲間が強いのは、共有する「経験」の質が連帯の堅さ、絆の強さに比例するのである。

   3)  「負荷」の効用

   高齢期の生きる力を保持しようとすれば、心身の機能に負荷をかけ続けなければならない。感覚帯の機能は使わなければ衰退するからである。高齢期の活動が生きる力の保証になるのはそのためである。さらに、「苦労をともにした仲間」の絆が強いのは、「負荷の高い」経験を共有していることである。だとすれば、己を支える居甲斐を探す場合も原理は同様であろう。楽しいパーティーの仲間は「軽い」。戦友の絆は「堅い」。軽い仲間は気晴らしにはなっても、「心の支え」にはならない。それゆえ、確固たる居甲斐を探すのであれば、人はそれぞれの「戦場」に赴かなければならない。ひとびとがある意味で難儀なボランティア活動の中から大いなる生き甲斐や新しい戦友を発見するのは、そこがある種の「戦場」だからである。同志は「負荷」に耐えてともに難問を切り抜けた「経験」を共有している。その意味で「活動」こそが居甲斐の源泉であり、「負荷」の高い活動こそ優れた仲間に巡り会う「戦場」を提供する。多少の困難に耐えて「同志」を探すことが、心の支えを発見する必要条件である。老いて活動から遠ざかれば、心身の機能が急降下するに留まらない。孤立と孤独を防ぐべき「居甲斐」に出会うこともなくなるのである。社交は活動の副産物である。しかも、「負荷」の高い活動こそ交流を深化させる。生涯学習における「ふれあい」論の愚はそこが分かっていない。

  (3)   「グループ・サークル」の活用

   1)  交流における選択原理の貫徹

   年をとると自分のライフスタイルが決まって来る。考え方も、感情の動き方も長い時間の中で一つの「型」を形成する。反復練習の結果、作法や礼儀に代表される行動の型も身につく。それは「個性」と呼んでも良いし、「自分自身観」(アイデンティティ)の確立と呼んでもいい。要するに、ライフスタイルの確立と平行して、「自分」とは何か、自分はどういう人間か、という問いに対する己の答が決まって来るのである。もちろん、ライフスタイルについても、自分自身観についても、それが適切・妥当であるかどうかは別の問題である。自分が自らに出した答が正しいか、否かはこの際、根本の問題ではない。「自分自身観」というのは常に「自分が解釈する自分」である以上「主観的」である宿命を免れない。
   それゆえ、高齢期の交友関係は本人の「好み」をはっきりと出したいのは当然の事である。これまでの「血縁」、「地縁」、「職場の縁」では選択の自由はほとんどなかった。従来の縁は「所与の縁」であり、既成事実の縁である。本人の選択の結果ではない。「所与の縁」において、巡り会った人々と付き合わない自由は認められない。地縁、職縁については、引っ越しも転職も論理的には可能である。しかし、実際には、「交流」のために住居や職場を変えることは極めて困難である。自由な選択を可能にするのは、グループ・サークルである。それは、地域を越え、職域を越え、血縁に関係なく、自分の「好み」で選ぶことができる。それは新しい「縁」によって可能になる。従来の縁は、選択の幅が極めて狭い。これに対して新しい縁は選択の原理が優先する。志縁も、学縁も、同好の縁も、すべて個人の選択の結果である。選ぶ自由も、止める自由も保証されている。
    孤立と孤独の危険が増大した分だけ、仲間の重要性も増大する。グループリビングを提唱している早川氏は、高齢期は仲間と暮らすスタイルを重視する。自分の居場所、生き場所は自分で探すのが一番だからである。年をとってかつての交流関係が薄れて来たら、仲間と一緒に暮らせる住む場所を探せばいい、と提案している。それが例えば「シニア下宿屋バンク」である(*5)。人々の問い合わせがバンクに殺到したという。多くの人が老後を一緒に暮らせる人を探していたのである。交流の貧困こそ高齢社会の具体的問題である。

(*5)   崎野早苗、みんな自分の居場所、生き場所をさがしている、早川裕子&GLネット編、老後は仲間と暮らしたい、主婦の友社、平成12年、P.151

   2)  仲間の選択

   仲間は「波長」である。波長が合わなければ付き合って楽しくない。「ここに居て良かった」、「あなたと会えて良かった」と実感することも難しい。「居甲斐」の発見とはつまるところ波長の合う人間と出会うことである。その意味では恋愛関係に相似している。好きになる女(男)はどこか「波長」が合うのである。虫がすかぬというのは、その逆であろう。「波長の合う」人間とは一緒にいるだけで楽しくなるのである。出会いの問題も、「居甲斐」の問題も「波長」が合うか、合わぬか、相手との相性を発見することである。それは言葉でいうほど簡単ではない。惚れた相手と別れるのはある部分で「波長が合わない」ことに気がつくからであろう。日常でも人間はそれぞれの「波長」である種の「気」を発し続けているのであろうが、それが当人の全部ではない。総合的に相手を知ろうとすれば、総合的にお互いが試される舞台と環境が必要である。結婚してみるまで相手の発する「気」の全貌が分からないのは、恋人達はまだ共同生活を始めていないからである。
   友人や仲間についても、通常ののみ友だちと修羅場をともにする同志は決定的に異なる。結婚も、修羅場も「負荷の高い」活動である。困難な活動の中で人々の「気」は一層鮮明になり、お互いの波長の相性を確認することが容易になる。戦友の発見に、戦場が必要になるのはそのためであろう。アンブローズ・ビアズはこの世を皮肉った「悪魔の辞典」において、友情(Friendship)を「天気の良い時には、楽しい船旅ができるが、天気が悪くなると航行不能になる」船である、と喝破している。人生の戦場で試されていない友情は脆いのであろう。しかし、高齢者にも、生涯学習にも、そこまで厳密な注文は必要ではない。要は「いい時」だけの友でもないよりは増しなのである。社交にはそれぞれのレベルがあるが、高齢期の社交は社交を確立するだけで大変である。社交のレベルまで問う余裕はないのである。

   3)  活動の選択ー舞台の選択

   グループ・サークルは活動の枠組みである。最大の特徴は選択の「自由」である。仲間の選択の自由であり、活動の内容・方法の選択の自由である。グループ・サークルは地縁・職縁のしがらみから解放されている。結成の自由もあれば、解散の自由もある。それは組織の形態を有するが、同時に極めてゲリラ的な組織でもあり得る。必要に応じてどのように変えることもできる。正規軍であることも可能であるが、出没自在のゲリラ軍でもありうる。
   高齢期の活動は「やり甲斐」と「居甲斐」を同時に追求する。目的は「活動」と「社交」の半々である。活動にも意味があり、活動を共にする仲間にも意味がある。好きな人が集まっていれば、グループ・サークルは最高の枠組みである。募集の原理は「この指とまれ」である。公民館が育てて来た自主グループが一つのモデルである。生涯学習は多くのグループ・サークル活動を通して「サロン」を形成するようになった。これこそが高齢期の孤立と孤独を解決する処方箋である。問題は定年前に労働以外の活動の経験のない人々が既存のグループ・サークルに加入することも出来ず、かと言って、みずからのグループ・サークルを創造することもできない実態である。   このように考えれば、生涯学習の主要任務のひとつはサロンの形成と社交の意識的「仲人機能」を果たすことである。
   仲人が発送する招待状には4種類あるだろう。第一は、活動分野の提示である。プログラムの内容にそってグループを編成する手法である。依頼する担当講師にも、活動と社交の同時追求の趣旨を説明し、協力を依頼すべきである。当然、一回きりの単発プログラムはできるだけ避けて、人々が自主的なグループ・サークルへ移行できるまでの支援を想定した継続的活動が重要である。生涯学習の担当者は、学習の中身と社交の仲介を同時に提供する任務を負っているのである
   第二は、活動場所で作るグループである。拠点があれば活動は大いに楽になる。公民館の施設機能の斡旋・貸し出しが重要になる。拠点の確保こそが継続的な活動の基本条件だからである。
   第三は、活動時間である。成人のスケジュール調整は難しい。この場合は既存のグループ・サークルのスケジュール一覧の公表、メンバー募集の絶えざる広報が重要になる。
   第四は、自分がグループを編成する主体となる。「この指とまれ」の「指」をかかげることである。自分の特性を出そうというのであれば、自分が世話役から主役までを演じなければならない。いずれのグループ・サークルも活動が存続するためには事務局機能を担当する人が不可欠である。連絡、調整の必要のない活動は存在しない。
  横沢氏が高齢者のグループ・サークル活動にとって極めて重要なことを指摘している。それは「現在と未来に必要な友だちはこれから出会う友だち」である、ということである(*6)。グループ・サークルの選択も、そこから見つけだす社交も、現在と未来に必要な友だちに繋がっているのである。


(*6)  横沢 彪、大人のための友だちのつくり方、サンマーク出版、1996年、p.15


3  教育の貧困と福祉の蒙昧ー境界領域の空白

  高齢者の生涯学習は教育と福祉の境界である。高齢者は「衰える存在」だからである。歳を取るということは心身の機能の衰弱を意味する。「老い」は衰弱と死に向かって降下することである。高齢期に入ると一層降下の速度が速まる。福祉の領域に「介護予防」の概念が登場したのはそのためである。予防の中身は衰弱の防止と降下速度を減速することである。当然、予防の効果を上げるためには、予防方法の理解と実践が不可欠である。二つとも教育に関わり、福祉に関わる。高齢者教育は福祉と教育の境界領域なのである。にも関わらず生涯学習を支える教育は貧困極まりない。精々がリピーターがくり返す「高齢者大学」やちゃちな「老人学級」に留まっている。生涯スポーツも行政が提供するプログラムは内容、方向共に誠に貧弱である。状況は福祉プログラムも変わりない。高齢者福祉の半分は教育事業でなければならない。福祉行政はそのことを理解していない。「痴呆予防教室」だの「転倒予防教室」など馬鹿げた介護予防プログラムの名称が福祉の蒙昧を象徴している。これらの名称には高齢者の誇りも興味・関心も配慮されてはいない。ゲートボールとグランドゴルフと唄と踊りと風呂に入って、定年後20年もに亘る生涯時間を過ごせる筈はない。かくして、残念ながら、両者の境界領域ではほとんど何一つ共同事業は実現していない。論理的に、高齢者にとって福祉も教育もともに不可欠であることが分かっていながら境界領域は空白である。公民館はデイケアセンターにならなければならない。学校は高齢者の給食や日々の活動施設として開放されなければならない。福祉の健康プログラムはすべて教育プログラムと統合されなければならない。
  それゆえ、高齢者の生涯学習の最大の問題は行政の縦割りである。境界領域とは複数の領域の「範囲」が重なっている部分である。それにもかかわらず対応する行政は、福祉は福祉の事しか考えず、教育は教育で勝手にやっている。「介護予防」の概念には教育の視点が稀薄である。逆に、高齢者の生涯学習は、一部の選択者に限られ、熟年層全体の「介護予防」の配慮に欠けている。高齢者の生涯学習は教育プログラムであり、同時に、介護予防プログラムでなければならない。対策の方向は高齢者のさまざまな怖れや不安に対応することである。それらは冒頭に指摘した通り、人間の欲求の裏返しである。すなわち、「死への怖れ」ー「安全の不安」ー「人間関係からの疎外感・孤独感」ー「役割の喪失によるー無価値感・焦燥感」ー「自己実現のない不完全燃焼感」への対応である。高齢社会に生き残ることは上記5つの不幸に当面する危険を常に含んでいるからである。高齢者教育の貧困と福祉の蒙昧の現状は以下の通りである。

1  衰弱する高齢者にとって「運動」が鍵なのに、生涯スポーツは特定の高齢者層にしか浸透していない。

2  「活動」が鍵なのに「活動」の選択を個人に任せたため、定年後の「活動の舞台」は圧倒的に不足している。

3  「社交」が鍵なのに行政主導のプログラムでは、社会教育も、福祉も「社交」の意味を理解せず、「社交」の舞台も作れない。

4  「運動」と「活動」と「社交」を総合的に支えるシステムが鍵なのにシステムは不在である。

5  日本のボランティア活動は総じて低調であるが、中でも高齢者のボランティア参加は極めて低調であり、結果的に高齢者は「社会的承認」を得る機会を有していない。

6  結果的に、生涯学習や福祉プログラムへの高齢者の参加率は異常に低い。高齢者の急速な衰弱は止められず、医療費も介護費も破綻は免れない。

7  日常の生活場面では、教育と福祉の境界領域が最も重要なのに両分野の連携の発想は空白である。
 


事例1
公立小学校による高齢者教育とコミュニティ活性化の試み −多根尋常小学校「めだか学級」の挑戦

   発表者  島根県掛合町  石飛 安弘 (平成14年:第22回交流会発表)

1  事業の背景

  (1) 農村部の高齢化率は総じて高く、高齢者は活動の稀薄、交流の希薄、学習機会の稀薄の傾向を免れない。

  (2) 学校は高齢者が抵抗を感じない数少ない思い出の場所である。

  (3) 生涯学習は学校の施設開放の大義にかなっている。

  (4) 現実に、少子化の結果、学校施設には地域が活用できる余裕が生じている。

  (5) 事実上、学校と地域の連携はスローガン倒れであり、地域から孤立した学校では本来の機能を果たすことも困難になっている。


2  事例の特性

  (1)  施設の開放と学校教員の参画

  本事業は小規模ながら学校施設を開放し、学校教員が参画していることが最大の特徴である。学校の閉鎖性は多岐に亘っている。第一は、カリキュラムの「自己完結性」である。学校は子どもの教育を、学校だけでやろうとし、学校だけでやれると信じている。やらなくて済むのであれば学校にとって「学社連携」などは常に余計な話である。第二は、施設の閉鎖性である。学校は学校に第3者を入れたくない。「空き教室」を「余裕教室」と命名して非開放の大義にしていることはその代表である。そのために法律上の「目的外使用」の禁止を振り回すのも常の事である。第三は教員の学校外活動の拒否である。もちろんこのことは教員の勤務時間や勤務義務の問題に絡んでいるが、それは他の職業の方々も同じであって教員だけの問題ではない。社会教育において、教員と役場の職員が最も非協力的であることは関係者の常識である。それゆえ、学校施設の開放と高齢者の学習指導場面への教員の参画は誠に画期的なのである。


  (2)  「尋常小学校」構想

   モデルがあったとは言え、「尋常小学校」構想が成功の要因の一つである。しかも、既存の小学校事業との連携によって高齢者と小学生の交流を具体的に実現している。地域やメディアの注目を集めたのは「尋常小学校」の「看板」と学校形式による交流プログラムの創造に成功したからである。


3  事例の概要

  (1)  学校資源を地域高齢者に開放

  原点は福岡県北九州市の「折尾東尋常小学校」における高齢者教育(第18回大会)をモデルとした。対象地域の総人口は639人。高齢化率は35.5%当然小学校も小規模である。小学校の在籍児童は本事業が行われた3年間すべて20名台を推移しており、一方の尋常小学校の在籍者数は20名弱である。参加者の平均年齢は76?77才である。


  (2)  学校教員の参画

   指導の担当は校長以下教職員である。高齢者のカリキュラムは座学を中心とした。当然、学級の担任を持っている教員はかかわりが薄くなるが、自分の授業時間外で地域のプログラムを教員が担当するというだけで現行システムにおいては画期的な事である。


  (3)  高齢者にとっては実現の難しい分野に挑戦

  月1?2回の教室では高齢者の要望に十分応えることはできないが、通常の生活では体験することが難しい分野に重点的に挑戦した。ローマ字を学んだり、英会話授業の体験をしたり、パソコン講座を必修としたのはその一例である。
  その他、「尋常小学校」として、「学校行事」や「祭」への参加、「総合的学習」に参加、子どもと給食を共にしたりしている。交流事業こそがカリキュラムの主眼である。

4  事業の意義・成果−先駆性とモデル性
  (1)  最も簡単なモデル

  本事業は現状で立ち上げ可能な最も簡単な高齢者教育のモデルである。どこの小学校区にも高齢者は存在する。ほとんどどこの学校にも空き教室は存在する。学校がその気にさえなれば、月1回の地域サービスは十分可能である。金はほとんどかからない。施設設備も既存のままで十分である。こうした方式が全国で実施されれば、日本の高齢者教育は一気に加速する事ができる。

  (2)  学校施設の開放

   学校自らが学校施設の開放を地域社会に明確に示し、学校がコミュニティの教育施設であることを確立した。

  (3)  学校の主催、公民館の支援、教員の参画

   主催は学校、事例の報告者は学校の教頭である。中身は社会教育であるが、公民館は支援に廻った。校長以下教員の参画は未来の学校のあるべき方向を暗示している。現行の「学社融合」は言葉だけの論外であるが、「学社連携」ですらも、学校の都合に合わせた地域の教育資源の活用に過ぎない。地域の必要に学校が応じたという点でも本事業はコミュニティスクールの突破口を示している。

  (4)  「学社連携」空気の醸成

  少ない人口の中で高齢者の小学校が開講されたことで地域の注目が集まり、地域に密着した学校評価は向上する。地区の公民館が活動の支援をするので実質的な学校教育と社会教育の連携が強化された。何よりも多くのメディアの注目が集まり、社会的にこの種の高齢者教育の形態が重要であるという空気を醸成する結果となった。

5  事業の発展性−今後の展望/残された課題

  (1)  システム化の限界

  問題は「尋常小学校」モデルのシステム化である。少子化の現在、空き教室はどこの学校にもある。教員もどこの学校にもいる。高齢者はどこの地区にもいる。しかし、北九州市の場合にも、掛合町の場合にも、事業を成功させた小学校区以外の小学校へは普及していない。高齢化率の高い掛合町では同種の事業は多根地区以外でも必要であり、可能なはずである。しかし、他地区では実現していない。「尋常小学校」モデルに代表される学校と地域が連携した社会教育事業はすべてそれに関わる「人」の発想と実行力次第であるというところに学校の閉鎖性と生涯学習の限界がある。めったにないない「例」だからこそメディアの注目も集まるのである。話題を集めている間はモデルのシステム化は不可能である。

  (2)  「コミュニティ・スクール」構想の欠如

  「学社融合」が空文句に終わるのはコミュニティ・スクール構想が欠如しているからである。「融合」とは異質の要素の統合によって、「新しい別のもの」を生み出すことである。融合の意味の通り「学校」と「社会教育」が融合すれば、新しい「学校・社会教育」が誕生するはずである。その一例がコミュニティ・スクールである。現状では、文部行政にも、地方の教育行政にも、融合の成果の展望はない。真面目に「融合」論を唱えている方々も、学校が地域社会のいろいろな教育資源を活用すれば融合になる、というぐらいにしか考えてはいない。「学社」の連携論も、同じく、学校の都合に合わせた社会教育の活用に限定されている。時に優れた指導者の登場によって、本事業のような学校活用の生涯学習プログラムが実践されるが、通常は、個別事例に留まって、全学校のモデルとなり得るシステム化ができないのは到達地点となるコミュニティ・スクールの青写真の構想が不在だからである。
 



事例2
 「高齢者の社会参加と世代交流舞台の創造」
      発表者  直方市  森  一 郎 (平成14年:第22回交流会発表)

事業名:「ふれあい交流事業」

1  事業の背景

 (1) 近年の急激な社会構造の変化の中で、行政における今日的課題は、少子化対策と高齢者対策に絞り込まれてきたといっても過言でない。

 (2) 少子化対策は、本来は家庭の問題かもしれないが、その機能が失われつつある現状では、社会での子育て支援環境の整備が課題であり、就学後は子ども達が安全で安心して体験ができる活動の場の確保が課題である。
 (3)平成16年 9月9日の西日本新聞には、「県の子育て支援事業ありがた迷惑/市町村応募ゼロ/財政難、合併直前で敬遠/予算195万円宙に/とでていた。少子化対策に力を入れようとした厚生労働省の補助事業であるが、事業内容はともかく、市町村は動いていない。

 (4)今年度中には「次世代育成支援対策推進法」に基づき、自治体に子育て支援の「行動計画」策定が義務付けられ、各市町村ではその取組みが始まっているはずである。ただ教育行政が積極的に関わっているか、否かは疑問である。

 (5) 少子高齢社会が問題になればなるほど、過保護に育つ子どもたちへの訓練プログラム、共働きの増加で子育てに手が回らなくなった保護者に子ども達の安全と安心が保障されて働ける環境づくり、増加し続ける高齢者を一人でも多く医療や福祉サービスに頼らない元気な高齢期を迎えて貰うプログラムが必要になってきている。

 (6)高齢者対策は、生きがい対策と介護予防であり、そのための機会と場づくりが課題となってきた。


2  事業の特性

(1) 高齢者の学習と社会参画を学校支援の形態で同時に達成した事業である。学校の側では、日頃からお世話になっている高齢者の皆さんに、そのお礼として子ども達が先生になってパソコン教室を創設した(平成14年、直方南小)。高齢者を指導するため子ども達は学級担任を中心に学習を重ね、その結果学級が活性化した。

 (2)  本事業は、県の主催事業であるが、学習成果の還元を委託条件としたことが重要である。中身は最近多くなった学校へのGT派遣事業である。内容面で高く評価できるだけでなく、老幼交流を導入し、今日の社会構造の変化が提起する課題解決へのヒントを内在させるモデル性が優れている。

 (3)本事業では、子どもたちの活動支援を高齢者が担当している。高齢者の持つ技術、能力が生かされ、尚かつ高齢者の生きがい事業になっている。
 (4) そんな中で、本事業の特徴は、子どもたちと高齢者の結びつきの質の高さと量の多さである。そのことが現代的課題解決にとって有効な事業となっている。

 (5) 開かれた学校づくりが言われだして久しいが、未だ学校が開かれた状況にあるとは言い難い。そんな中で本事業は、その学校が活動の拠点になっていることも特筆できる。

 (6) そして、本事業には最高の理解者と言えるコーディネーター(元校長、行政経験あり、社会教育施設勤務あり)の存在があることも推薦の理由である。(人材発掘と活用)

3 事業概要

 (1) 事業の名称は「ふれあい交流事業」という。

 (2) 県教育委員会が平成10年度から始めた「ふくおか高齢者大学」開設事業委託要項に基づき開設された「直方鞍手高齢者大学」がその活動の母体として発足している。

 (3)その運営委員会が本事業の企画・運営に当たっている。
現在は、この高齢者大学だけでなく、直方市単独実施の「直方ふれあい大学」「植木ふれあい大学」も本事業推進に加わっている。

 (4) 本事業の事務局は直方市中央公民館にある。特質すべきは委託条件にあるコーディネーターの活躍である。
 
 (5)本事業の主な内容は、活動の場として、小・中学校を中心に高齢者大学等の学生をGT(支援者・指導者)として派遣する事業である。

 (6) 主なプログラム(平成15年度)
  
  * 学校(主として小・中学校)へのGT派遣
教科,・・生活科、国語科、社会科、音楽科、体育科、
クラブ活動、総合的な学習、行事、特別活動

  *公開ふれあい交流……学校、公民館と高齢者大学の共催事業(直方南小学校の全学級で同時に公開授業、平成11年度から毎年1学校で開催)

  *昼休みのふれあい交流……感田小学校で毎週火曜日の昼休み(13:05?13:50)    
子どもたちと伝承遊び・将棋・碁をしている(植木小・上頓野小・中泉小・直方北小への広がり)

  *夏休みのふれあい交流・・植木公民館で高齢者の他、中学生、高校生が宿題・ドリル・創作活動指導

  *学校のおじいちゃん・おばあちゃん……直方南小学校2年生は学校でのおじいちゃん・おばあちゃんが決まり、ペアで1年間交流

  *三世代ふれあい交流・・中央公民館に隣接する「働く婦人の家」の子育て学級の母子と高齢者大学との交流

  *いきいきスクール・・市内の小学4年生以上を対象にした生涯学習課主催事業へのGT派遣

  *「ふれあい交流だより」の毎月発行・・交流場面の写真・子どもの感想・GT(支援者)の声を届ける
 
○ 学校数・・直方市(小学校 11、中学校 4)
派遣回数 207回 延べ派遣人数 1624人  1回平均 7.8人

4 事業の意義・成果?先駆性とモデル性

(1) 多人数の高齢者に多機会の学校派遣の実績が群を抜いている。学校の危機管理が問われている近年、学校に安心できる外部の者が常に多人数存在しているということは、安全という学校管理上からも有効な施策である。

(2) 特に、実技を伴う授業(特に習字)等には多人数の高齢者がGTで指導に当たっている。担任一人の授業に比べれば効果が上がることは当然である(結果、中泉小学校3年生は全国書画展覧会で25名が金・銀・銅賞を受賞している)。

(3) 本事業は、県委託事業が母体であり、あくまでも高齢者の学習活動の一環として位置付けられており、そのこともあって派遣は全て無償ボランティアになっている。

(4) 高齢者大学生数が多く、そのため1回に派遣する人数が多くなっている。(多くの高齢者が参加できる)

(5) 昼休みふれあい交流は、子ども達が待っている。(時間に来て、時間に帰る?自然体)

(6) 夏休みふれあい交流は、中学生・高校生が参加している。

(7) 学校のおじいちゃん・おばあちゃんは1年間のペアを組ませて交流している。課題も多いと思われるが、双方に得るところが多いと思われる。

(8) 「ふれあい交流だより」の毎月発行は、貴重な情報提供である。
(9) これらの事業は、何と言ってもコーディネーターの事業推進に関わる、行き届いた世話、連絡・調整、企画、指導等のリーダーシップに尽きる。(人材の確保)

(10)GT(支援者)が高齢者大学だけでなく、市主催の他大学まで広がっている。

(11)高齢者と子どもたちのふれあいプログラムが多岐にわたっている。

(12)この様な上記成果は、コーディネーターの力量に負うところが大きい。発想の豊かさ及び企画の多様性は、参考にすべき点が多く、個人の力量に負うところが大きい。事業委託時のコーディネーターの人選が事業の成否の鍵となることを関係者は銘記すべきである。


5  管理運営上のコーディネーター配慮事項(インタビュー取材)

* 学校との事前打ち合わせの徹底・・最初は直接学校に派遣を行っていたが、途中で問題点に気付いた。教職員はGTに任せきりにする傾向が強い。これでは授業ではないし子どもたちに本当の力はつかない。

* 公民館係長との毎日の打ち合わせを行った。公民館の支援は不可欠である。

* 学校はGTに苦情は言わないよう派遣上の配慮をした。問題解決はコーディネーターが調整役として仲介する。

* 学校はもっと開かなければならない。教職員の意識が変わらないと子どもたちの生きる力はつかない。学校は外から変えないと変わらない。コーディネーターの大きな役割がそこにある。

* 「ふれあい交流事業」が進み、定着すれば子どもたちの学力は向上する。

* GTに参加している高齢者が何を考えているかいつも気にしている。例えば七夕に飾った短冊を集めてみれば、その中に高齢者の思いが集約されている。

* 公民館と協力して、公民館が主催する事業の参加者に社会参加を義務づけるようにしている。具体的には、年に1度は「ふれあい交流事業」に参加するという課題である。平成15年度までの参加率は30?40%程度だったが、16年度は60%まで伸びた。100%を目指している。

6 今後の展望と課題

(1)まだ学校は真に開かれていない。依然として教職員の意識が変わっていない。

(2)公民館の支援はあるが、本事業成功の殆ど全ての条件はコーディネーターに依存している。

(3)社会貢献事業への派遣は高齢者大学の学習活動の一環である。それゆえ、派遣に参加しない(できない)高齢者への対応策が不可欠である。

(4)社会貢献事業への参加を促進するにあたって、コーディネーターの際立った能力と特別の配慮を必要とするということは、「無償ボランティア」の活動には限界があることを示唆していると考えられないのだろうか。

7 事業の発展性

(1) これだけ多数の高齢者を抱え各学校に派遣できている実績を考えれば、高齢者大学と学校派遣事業の組み合わせは、現代社会が直面している大きな課題解決の方法論として十分期待できる。

(2) 「ふれあい交流」事業の大部分が学校という子ども達がすでに居る場へ高齢者が出かける型になっている。 三世代交流や夏休みのふれあい交流事業に活動の舞台を地域社会に移す思いの一端は見えるが、大部分は学校限定型の活動に終始している。
  共働きの増加や子どもたちの問題行動の多発、児童虐待等々を考えたとき、高齢者が持つ子育てのノウハウを学校教育外の場で生かしていく方法が考えられれば、少子高齢社会の各種課題が一挙に解消できることになる。

(3)本事業を通して、高齢者はこれだけ自由に学校に自由に出向くことができるところまで高まっている。それゆえ、少し視点を変えれば、高齢者に委託し、学校の放課後や長期休業日、土・日等保護者が安心して任せる事のできる子育て支援システムが可能である。当然、そのことは高齢者自身が生きがいを感じられる事業として組み替えることができる可能性を持っている。

(4) 鍵はすぐれたコーディネーターの養成にある。高齢者の学習と高齢者による社会貢献の総合化事業こそ少子高齢社会に対応できる全国的な重要課題である。

 

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