学問体系のこれからと百学連環の話

 昨晩は春日駅近くにある、津和野町東京事務所で開催されたトークイベント「知は巡る、知を巡るー西周と巡る学術の旅ー」に参加しました。山本貴光さんが最新刊『百学連環を読む』の話をされるということで、仕事帰りに駆けつけました。

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 津和野町の郷土史家の山岡浩二さんから、西周の生まれ育った津和野の歴史についてのお話、津和野にお勤めの若手哲学者の石井雅巳さんから、「哲学」の訳語としての成立についてのお話がありました。そして山本さんからは『百学連環を読む』をベースに、学問領域の分け方、分かれ方、学問領域の連なり方について、文学の領域を例にしつつお話がありました。

 

 山本さんのお話は、「百学連環を読む」はどういう本かをコンパクトに紹介しつつ、学問はなぜ分ける必要があるか、という問いを軸として西周が創り出した訳語の解説から次々と展開し、これからの学問体系の展望に至るまで、聞き手の興味を引き出しつつの魅力的な語りで、いつもながら舌を巻く素晴らしい講義でした。

 

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 「分類は思想であり、分け方にそのひとの世界観が現れる」という話題や、学際化(inter-disciplinary)やMIT Media Labの伊藤穣一氏が提唱する反専門主義(anti-disciplinary)、学問の生態系(ecology)の観点から学問領域が捉え直され、文学や哲学のような人文学においても、心理学や認知科学や神経科学などの研究アプローチによって新たな研究領域が形成されていて、さまざまな展開可能性があるという話題は、特に興味深いところがありました。

 

 翻って、近年の文系学部不要論や人文学の危機のような話は、従来の学問領域の重要性の議論が従来の人文系学部の教員雇用の枠組み維持の話と混ざってしまって、議論がかみ合ってないところも見られます。しかし本来は、研究領域の展開可能性や、その際に必要とされる専門人材育成の観点から、人文系領域でトレーニングされた研究者の存在意義や、他分野との連携による未開拓の研究テーマへの参入のような未来志向の議論をしていくと面白そうだ、といった感想を抱きつつ帰途に着きました。

 

 ところがふと、学部時代のかすかな記憶に、慶應SFCの創設に中心的に関わられた先生方が西周の百学連環の話をされていたのを思い出しました。そうか、総合政策や環境情報は、従来型の学問領域から新たな地平を拓こうという意志を持った慶應SFCの先人たちの世界観が反映された領域であり、そこから新しい研究や教育が生まれていったのか、なるほどと、今更ながら気付かされました。私の専門分野たる教育工学や教授システム学も、従来の教育学領域では対応できない現代的な研究課題に取り組む中で派生して拡がってきた学際分野であり、そこに新たな研究テーマや研究者人材の集積が起きて現在に至っているわけです。

 

 そう考えると、雇用の枠組みとしての学部や学部の名前をそのまま残す残さないという話とは関係なく、学問領域は時代の要請や変えていく人々の世界観に応じて常に変容しながら展開していくものであり、それを前提にこれからのことを考えていく方が建設的であり、より良く生きていくための活路が見えて来るように思います。

 

 では今後の展開として、学際を超えた新たな学問領域の開拓をどう進めていくかという話は、まさに山本さんから最後に投げかけられた、今起きつつある新たな研究領域の成立を促すx-disciplinaryの”x” はなんだろうか、という問いにつながります。新たな研究テーマを提案していく上で、これまでの学問体系の連なりやこれからの展開の可能性を見据えつつ考えてみようと思いを新たにしました。

 最後に、実は山本さんから『百学連環を読む』をご恵贈頂いていたのに、本に目を通してから御礼しようと思いつつそのまま御礼しそびれたままでいたのでした。このイベントのおかげで西周の背景も知ってさらに本書を楽しんで読み進んでます(山本さん、出遅れましたが、いつもご著書をご恵贈くださりありがとうございます。重ねて御礼申し上げます)。

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ペンステートの芝草学専攻とToro社

 ペンステートの芝草学専攻(Turfgrass science program)のことは前にも少し書いたことがあるが(記事)、全米で最も古い芝草学教育のプログラムで、1929年に設立されて以来、米国の芝草産業に多大なる貢献をしてきたのだそうだ。
 先日、その芝草学専攻に大手芝刈り機メーカーのトロ(Toro)が学生支援のための寄付をしたことがニュースになっていた(ソース:Penn State Live)。

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グラントライティングの心得

 ペンステートの大学院オフィス主催のグラントライティングワークショップに参加してきた。今年は例年よりも内容を充実させているとかで、第1回目に大きめの教室で全体の導入セミナーをやって、あとは定員50人で分野ごとのセッションを行う形で企画されていた。対象は教員、ポスドク、大学院生で、初めてグラント申請を考えている人やあまり経験のない人向けの内容で設定されていた。

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東京大学現代GPシンポジウム参加

 東京大学現代GP国際シンポジウム「ICTを活用したアクティブラーニング」に参加してきた。午後いっぱいの盛りだくさんのシンポジウムで、MIT、スタンフォード大、公立はこだて未来大の事例が紹介された後、東大で進められている各プロジェクトが紹介された。
 学習環境デザインや活動におけるICTの利用の仕方や組み込み方にそれぞれ特徴があり、アクティブラーニングという趣旨に合った、そつのない良い構成のシンポジウムだった。各セッションとも聴きどころが豊富で、冒頭の永田先生による導入から、ラストのスピーカー全員が参加してのパネルディスカッションまで、いろいろと考えさせられるところが多かった。駒場アクティブラーニングスタジオの見学でもとても面白いものを見せてもらえた。
 MITとスタンフォードの事例は、今では個別に見ていけば米国各地の大学でも類似の取り組みは見られるが、成果が出るように細部を詰めるノウハウやプロジェクトマネジメントの部分は一日の長がある印象を受けた。新しい取り組みというのは、蓄積がないところでやれば企画倒れになったり、やりっぱなしになったり、評価が雑になったりするところがあるのは米国の大学でも同じこと。古くから先端的な取り組みをしている両大学だからこそできている部分とそうでもない部分もあるのだろうと思った。
 これらの海外事例がそんなにかけ離れた先進事例に見えないほど、東大とはこだて未来大の事例も優れた内容だった。はこだて未来大学の美馬先生のセッションは、同大学の学習環境の施設デザイン面と利用面の特徴の解説と、ファカルティ・デベロップメント(FD)活動の取り組みを紹介された。FDは学習共同体の構築であって、お互いに教員がお互いに学び合って影響しあう関係を作り出すことが重要だという指摘はもっともだと思ったが、今までの日本の大学のFD論議の中でこのような考え方は共有されているのだろうか。おそらくあまり共有されていないから、東大の山内先生から「日本の大学のFDへの幻想を取り払わないといけない」といった指摘がされたのかなと思った。変わりたくない人々を新しい試みに巻き込むのは大変なことで、はこだて未来大学のように新しい大学の方が、新しい組織文化を作りやすく、新たな試みに人を巻き込みやすいという側面はあるのだろう。それでも、コンセプトを共有して人々を方向づけるリーダーやファシリテーター的な存在が継続的にチャレンジを続けてようやく成功するのだろう。
 MITやスタンフォードや東大や、という有名校の事例に、はこだてのような新設大学の取り組みばかりが並ぶと、「潤沢な資金が集められてや人材がいる東大さんはいいですよね、はこだてさんは新しいからいいですよね、うちなんて云々・・」という話になりがちなのではないかと思う。でも、スタンフォード大のスピーカーが発表の冒頭で、マキャベリの「君主論」から「新しいことを始めるのは大変なことで、古いやり方に利益を得る強大な敵と、新しいやり方に利益を得る生ぬるい支持者のなかで改革を進めなければならない」というようなことを言っている部分を引用していたように、どんなところであれ、新しいことを進めるのは大変で、大変さの性質が違うだけなのではないかと思う。スタンフォードでも抵抗勢力はいるだろうし、東大でもそうだろう。
 そういえば以前、スタンフォードの院生と話した時に「スタンフォードはYou TubeやFacebookみたいなクールなベンチャーを起こせるような研究をやらないといけないという雰囲気があって、そういうプレッシャーのなかで研究をやるのは結構タイヘン」みたいな話をしていた。東大も日本ではプロ野球でいえば巨人みたいなもので、常勝で、さすが東大、と言われるような成果を出し続けないと周囲の人々はすぐに叩こうとするような状況にあるのだろうと思う。大企業や公的な研究資金が集まっても、これだけ金出すんだからすごい成果だせよ、みたいなプレッシャーがあって、それはそれで大変だし、金が集まらない苦労の方がまだ気楽なところがある。東大という看板が重荷になることだってあるだろう。それにもし制約だらけの資金だけあって、人手もリソースもなく、後はよろしく、みたいなはしごを外された状況になってしまうと目も当てられない。
 外部の人には見えない苦労やプレッシャーがある中で、こうして着実に成果を出し続けることは尋常でなくすごいことだと思う。プロデューサー的な存在がいて、理解ある支援者がいて、責任感と熱意ある担当者がいて、という形で一つ一つのプロジェクトの成果が蓄積していって、ほかの大学が追い付けないところまで格差が広がっていく。格差というと最近は、持てるものが持たざるものに批判される構図があるが、少なくとも持てるものが道を示せないと持たざるものは前に進めない。東大は権威主義だ優遇され過ぎだと批判されることも多いが、いいものはいいと正当な評価をしないと、みんなで批判し合って足を引っ張り合っているうちに停滞してしまう。
 そういう意味でも、この現代GPや一連の取り組みは、教育工学系の研究者(と各分野の人々のコラボレーション)による優れた実践活動として評価されていくべきものだろう。美馬先生がコメントしていたように、今日のどの大学の事例も、事前に取り組んできた活動の中で知見を蓄積していたおかげで今日の事例の話のような成果を生んでいるという側面を見落としてはいけないと思う。いきなり大きなプロジェクトがうまくいくのではなく、小さなプロジェクトから成果を積み上げて蓄積を続けることで、大きなプロジェクトを回せるようになるのはどこの世界でも同じだ。
 教育学の分野にも、裏に隠れた苦労への想像力を欠いたまま、単に人をけなせばエライような風潮や、「同じて和せず」的な、まさにマキャベリのいう生ぬるい当てにならない支持者ばかりの風潮はあると思うので、そのような中で活動を続ける先生方やスタッフの方々に心から敬意を表しつつ、自分もしっかりやらんといかんなと思いつつ会場を後にした。

酒飲みの理論とテニュアの話

 先日、うちのプログラムの教員の一人であるクリス・ホードレイから、プログラムのメーリングリストで、「金曜の夕方、久しぶりにハッピーアワーをやろう。いつものウィスカーズ(大学内のホテルのバー)で飲んでるよー」という呼びかけがあった。ハッピーアワーというのは、適当に集まってビールを飲むインフォーマルな飲み会で、数年前は毎月のようにやっていた時期もあったが、音戸を取る院生がいなくなってしまって、ここしばらくやってなかった。今回は、この間テニュア(終身在職権)を取ってひと段落のクリスが、呼びかけてくれた。
 呼びかけのメールが出回ると、普段は業務連絡しか流れていないメーリングリストで、ジョークが飛び交うのが可笑しい。HCI分野で有名な研究者のジョン・キャロルが、「ソーシャルドリンカーは、ノンドリンカーよりも稼ぎがいい」という研究結果が出ている。ハッピーアワーのいいトピックだろう?と反応してきた。それを聞いてジョーク好きの院生が、「実証研究はされてないが「バッファロー理論」というのもあるそうだよ」と応じる。
 このバッファロー理論というのは、酒飲みのおっさんたちのジョークで、「バッファローの群れを見てみろ、いつも遅いやつに合わせてしか移動できない。そして一番遅くて弱いやつが食われて死ぬ。でもそのおかげで少し早く移動できるようになる。これがビールを飲む人間の脳でも起こってるんだ。脳も一番動きの遅い脳細胞に合わせてしか活動できない。そしてビールを何杯か飲んで酔っ払えば、一番遅くて弱い脳細胞が破壊される。すると頭の回転が速くなる。だからみんな酒飲むと頭が良くなった気がするんだ。どうだ、わかったか。」という愉快な話である。
 そんな感じで和みつつ、ハッピーアワーには入れ替わり立ち代わりで久しぶりの顔ぶれや新しい顔ぶれに出会った。コースワークが終わってしまうと、新しい院生に会う機会は少なくなる。教授や他の院生たちも、最近こういう交流の機会が減っていて、プログラムの結束が弱まっているからもっとやろう、という話になった。酒を飲む飲まないに関わらず、社交の機会は重要な社会資本であって、それをみすみす逃しているのは、学習コミュニティを研究しているくせに望ましくない、という話である。
 クリスとゆっくり話す機会がもてたので、前から一度聞こうと思っていた「テニュアファカルティになってみてどうよ?」という質問をしてみた。すると「平日休みを取る時に他のテニュア教員にはばからずによくなったのと、あまり自分が望まない仕事を請けなくてもよくなったことので、楽になったし、周りのリスペクトも多分高まったのもあって、気分いいよ」という答えだった。
 米国の大学教員は、かなりの割合の人たちがテニュアトラックと呼ばれる、テニュア取得を目指すキャリアパスを進む。取得までの数年間は尋常でなく働いて、論文を量産して業績を上げ、大学への貢献としてカウントされる活動に励む。通常6年程度の間、その評価期間に求められる業績をあげ、審査の結果、晴れてテニュア取得となる。取得できない場合は、他の大学に就職口を求めなければならない。ノンテニュアの場合はたいがい有期か非常勤のようなポジションしかなく、雇用の安定度や大学内でも周辺的な存在として扱われることが多い。
 テニュアトラックに進んだら進んだで、数年間は相当なプレッシャーの中でマシーンと化して働き続けることを余儀なくされる。なので若い教員はみんないつも仕事に追われている。女性教員はテニュアが取れるまでは子を産んでいる余裕もないので、高齢出産のケースが多くなる。みんな多くのものを犠牲にして数年間を過ごすので、テニュア取得で一息つきたくもなる。クリスはちょうどそんな時期のようで、少し前に比べて、かなりリラックスした感じで過ごしている様子だ。
 テニュアという制度自体については、良し悪しあって、一概にいいものとも悪いものとも言えない。こういう制度は、その組織がどういうマネジメントをしたいかによって枠組を決めるべきもので、その点においては、ペンステートや他の多くの米国の大学におけるテニュアの制度は、やや硬直的なきらいがある。日本の大学でこれをやっても、評価制度の運用が雑になったりして、容易に形骸化して、不便ばかりが増しそうな気がする。
 自分がこの制度の導入の是非を判断する立場であったなら、テニュア制度ありきで考えるよりは、まず若い研究者たちが健やかによく働いて、しっかり力をつけることに寄与する制度を他に作れないのかを先に考えると思う。個人的には、テニュアは制度的にいろんな局面で不健康さを内包しているところが気に入らないので、部分的には参考にすることはあっても、真似たようなものを導入することはまずやらない。

研究者とポリティクス

 先日のエントリに対し、さらに東大の中原さんからコメントをいただいたので、こちらもさらにコメントを続けます。
中原さんの記事:研究の場ではたらくポリティクス
http://www.nakahara-lab.net/blog/2006/03/post_110.html
> 「あるものがポジティブなものなのか、ネガティヴなものなのか」ということを、
> 根拠をもって判断する基準はないんじゃないかなと思うんですね。そこでいう
> <ポジティブ>は、「藤本さんの考えるポジティブ」という意味で、まさに藤本さん
> 自身も、政治力学の渦中にいますね。
それはご指摘の通りです。
完全無欠なポジティブとか100%客観的な中立などあり得ないですし、僕自身が政治力学のどこかにプロットされるのは避けられないと思います。良かれと思ってやったことが誰かにとっての不都合になることもあるでしょう。でも、そこは自分の信念やビジョンに基づいて、ベストエフォートでやっていくしかないと思っています。いろいろ考え出してもきりがないので、ごく単純に、お天道様に顔向けできないような仕事の仕方はしないということと、自分の意図に対して常にリフレクティブであり続けながら、自分の判断のブレを抑えていく、くらいで考えています。僕がポリティクスを意識するのは、自分が大事だと思う仕事を、自分の納得のいくレベルでやるために必要な範囲においてで、それを超えることには関心はありません。そうは言っても、間違うことや壁にぶち当たることもあると思います。でも、その時々で全力で考えて最善と思うことをやっていくしかないと思います。中原さんの研究に絡むポリティクスへの考え方にはとても共感しています。
> で、いわゆる「振り付け」をされたり、ポリティカルな悪意をもった人々に利用される
> 可能性が格段にあがる。正直に「自分にわからないことは、データがないのでわからない」
> というべきです。
 これはとても身につまされる話です。自分がどうでもいいと思うことや嫌いな相手に対しては、「そんな話をオレに振るな(怒)」というニュアンスを込めて遠慮なく「わからん」と言えますけど、「これをわからんと言い切ってはちょっと気まずいな」という局面はいろいろ出てきます。気をつけてはいても、その場のノリで言い過ぎてしまうこともあります。たぶんコミュニケーションのとり方の問題で何とかできることが多いだろうと思っていて、僕はこの点はちょうどよい身の処し方を求めて試行錯誤しているところです。
> ともすれば、世に流布する言説は、何でもかんでも、クソミソ一緒にして、教育のせいに
> します、教育が何でも解決出来ると持っている。「教育にできること」「教育にできない
> こと」の線引きは、必要だと思っています。
まったくおっしゃるとおりだと思います。苅谷剛彦先生あたりがずっと前に指摘されていたのを読んで以来、そう考えてきました。大学院のクラスでも、事例を聞いて「そもそもこれは教育問題なのか?」を議論する機会が何度かありました。そういう議論をする機会は必要だと思います。少しずれますが、日本の一般的な風潮は、万能薬か魔法のような解決法を専門家に期待するところがありますよね。あるいは、誰かすごい人が何とかしてくれるよ、オレ負け組だからシラネ、みたいな体のいいあきらめというか。普通の人たちの地道な努力で成果を積み上げていって、状況を変えていくしかない、ということを理解していない。そういう中で自分がどうやっていくべきなのかなと考えています。
> 上位の教育システムのリデザインですか。
> このあたりは、いわゆる学習科学(learning science)でも似たようなところがあって、
> WISEのグループとか、ノースウェスタンのグループとか、もっとマクロレヴェルの教育
> システムのリデザインに着手しているようですね。
学習科学の研究者の方が、Scienceという名前がついていながらも、デザイン重視でアプローチが柔軟なところがあるなと思います。ISD研究者の方が逆にサイエンスを意識しすぎて柔軟さに欠ける(そんなことやって何の足しになるかわからないような)研究をしてたりするのが時に気になったりします。最近では、学習科学とISDの研究者の間のコラボレーションやディベートがやや盛り上がっています。まあ、もはやどちらがどうだという話でもなくて、実質的にはかなりクロスオーバーが進んでいて、お互いの優劣を云々しているのは保守的な人とラディカルな人たちだけのような印象です。その辺の話は前に少し書きました。日本にはそもそもディベートが盛り上がるほどこの分野に人がいないというのが寂しいところですが。
http://www.anotherway.jp/archives/000609.html
> 結論からいうと、大学研究者と現場のあいだをつなぐ媒介的な組織がなければ、
> なかなか教育システムの変革まで手がまわらないと思うのですね。
>  いったん教育学者が普及ということを意識した場合には、どうしたってマンパワーが
> 必要です。でも、そのマンパワーをどう獲得し、どういう仕組みで、その「マンパワー」を
> マネージしていくかについては、議論がナイーブすぎると思っています。
同感です。日本の大学組織だとどうしても、研究者にかかる負荷が大きくて、失敗するか無茶して身体壊すかで、そういうのを避けて大部分は尻込みして動かない、みたいな世界になるのも仕方がないと思います。アメリカの大学組織の強みは、専門教育を受けたスタッフの層が厚いところかなと思います。何かやろうとした時に頼れるスタッフがいる。大学院生も経済的支援があるおかげで、プロジェクトにしっかりコミットできる。そういうところがあります(もちろん、いい面ばかりではないですが)。
アメリカの教育システム変革論では、システム思考をベースとした組織変革のアプローチを中心に教えています。研究者と実践者だけでなく、新しいテクノロジーや教え方を導入する際に、その変化がその組織や周辺に及ぼす影響をシステム的に捉えて、全体のバランスを取って最善の状態に持っていくためには何をしていく必要があるのかをセオリーとして学びます。Hutchinsの「Systemic Thinking」や、Havelock & Zlotolowの「Chenge Agent’s Guide」などは長年、基礎文献として読まれていて、そうした知識を持った人が学区レベルや学校レベルで働いているというのはずいぶん違うだろうなと思います。
> 今度ぜひご帰国なさったときは、ゲームのことならず、ISDの研究動向などご教示
> いただければと思います。ポリティクスについてもお話ししましょう。
それはぜひとも。書き出したらきりがなくて、だいぶはっしょって書いてますので、また続きをじっくり議論できればうれしいです。それにこちらこそ日本の事情をいろいろお伺いできればと思います。
帰国の楽しみが一つ増えました。

大学院生という肩書き

 東大の中原さんが「人は見かけで」というエントリを書いていて、そうだよな、と納得しつつ、人は見かけの次に肩書きで判断するという話で返歌を。
 私の今の肩書きは、あれこれ工夫してつけることはできても、大きな括りでは「大学院生」である。うまくいけば、あとちょっとで「博士課程修了」の身分にはなるのだけども、それでも学位をとることを主目的に大学院にいる限り、とりあえずは大学院生である。
 学会のような仕事とは関係ないところで、日本の主に中高年男性、特に地方の人と話をする機会があると、ありがちなのが、アメリカの大学院で研究している、と聞いて、なんだかエライ先生なのかもしれないがよくわからない人だなと、腫れ物の周りをそっと触るような感じで居心地悪そうに接せられる。そしてどこかのタイミングで、大学院生=学生さん、あぁ学生さんね、とその人の中で腹に落ちた瞬間に、急に態度がえらそうになったり、中には、学生たるもの云々、と説教を始めてくる人がいたりする経験を何度もしている。最初はこちらもその度にムカッとかしていたのだが、最近はそういうものだと思って笑いながら相手をしている。
 この話は、ネット上の方がわかりやすい。Mixiなんかをやっていると、とりあえずプロフィールは「大学院生」とでるだけなので、相手は自分の持っている大学院生のステレオタイプなイメージでもって、こちらと接してくる。多くの場合そのイメージは「学部を出てとりあえず院に進んだ、世の中を知らない未熟な若者」というものなので、相手はこちらがサラリーマン経験のある30過ぎのおっさんいい大人であるということなどまるで想定していない。20代後半くらいの人から偉そうな態度で接してこられることも珍しくない。「大学院生には、ちょっと厳しい突込みを」なんていう態度で無礼なことを言ってくる人もいる。そういうのをいちいち相手にしているときりがないので放置しているのだが、たまにはあまりにムカッときて皮肉のひと言も言いたくなることもある。私は海外にいるのでその被害は少ないが、日本にいて社会人を経て大学院で学ぶ人たちには、この社会的な大学院生に対する未熟者イメージは嫌な感じだろうなと気の毒に思う。
 この問題は、「見た目や年齢や肩書きで相手を判断して、上下関係を決める」という日本の文化的な習慣に対して、大学院生という肩書きが学生という枠の中でしか捉えられていないことから生じていると思う。もちろん、大学院生の側にも社会から低く見られてしまう原因はある。いわゆる学生気分で、プロとして貢献する意識が低かったり、成果に対する甘さがあったりすることが、社会的な「所詮は学生だから」という評価に甘んじる理由であったりもする。社会からの評価が低いので、大学院生もそれに甘んじる、甘んじているから社会からの評価は低いまま、という悪循環が存在する。それは寂しい話で、大学院生は単に学ぶだけの存在ではなく、専門家コミュニティの一員であって、一人の専門家だという認識を社会的に共有できた方がメリットは大きい。
 役割が人を育てるという面はおおいにあって、若くても社長やマネージャーになれば、下っ端社員として扱われるよりもずっと力強い人材に育つし、受け持つ責任の度合いや役割の性質に応じて、成長の仕方や速度も変わる。大学院生は修士一年でも博士3年でも未熟な学生、という扱いでは、後半に行くほどデメリットは大きいし、修士一年でも扱い方によってはうんと育つものが育たない。社会人が大学院で学ぶ際には、今まで育ってきたものを打ち止めにして負の成長を引き起こしてしまうことにつながる。なのでこういった大学院生の肩書きに対する社会的イメージは何らかの形で変えていく必要があるなと思うし、少なくとも自分が日本で大学院生と関わる立場になった場合は、そうした意識を持って臨みたい。
 アメリカの大学院で生活することの気楽さは、見た目や年齢や肩書きに縛られる窮屈さから解放されていることによるところが大きいなとあらためて感じている。大学院生の肩書きがすごいものではないにせよ、専門家の一員であることに対して、敬意を持って接してくれる。この点だけでも、コミュニケーション面での窮屈さを補って余りあるくらいな気がする。
 とまあ、返歌のつもりで書き始めたのだけど、なんだか少し長くなってしまってすみません。超字余りというところで。

現代の科挙試験

 修了試験の合間に、テスト理論の専門家のDr. Suenが中国の科挙試験の歴史についての講義をやっていたので聴きに行ってきた。科挙試験というと、狭い土蔵のようなところに閉じ込められて、数日間ぶっ通しで丸暗記してきた四書五経を解答用紙に書き続けるとか、カンニングのテクニックがすごかったとか、断片的な知識しか持っていなかったが、今回の講義でテストのシステムから会場の作り、テスト社会化の影響など、かなり体系に理解できた。面白かったポイントをいくつかメモしておく。
・隋の7世紀から清の20世紀初頭まで(元の時代に空白あり)、科挙試験は面々と続いて、現在の中国のテスト社会の文化はその流れにある
・科挙試験をモデルにアジア各国はもとより、ヨーロッパ各国でも試験制度が整備された
・各地の試験会場は数千人から数万人収容の施設で、カンニング防止のための厳しい監視体制が施されていた
・省レベルの試験では(科挙試験は大きく分けて県、省、首都レベルの3階層あった)、受験生は9日間に、四書五経、作詩、政治分析の3科目をそれぞれ3日間(それぞれ間に一日休み)受験して小論を書く。
・数千人から提出された小論は、数万枚にものぼるが、各会場の試験官はたったの14人で、15日以内に採点を終えないと罰せられたため、試験官たちは四書五経の試験の結果を残りの科目にも適用した。そのため結局は四書五経の出来が結果を左右した。
・その時々の政権で、答えに書いてはいけないNGワードがあって、それを使った受験生は打ち首になったり、試験資格停止になったりした。問題のあった試験会場の試験官も罰せられた
・試験に受かるかどうかで人生が左右され、受かれば郷里へはパレードで凱旋だったが、落ちればうちに帰る金もなく、落ちぶれた日々を過ごさなければならかなった
・3階層の試験全てにトップ合格した人は三元と呼ばれ、科挙の長い歴史でも十数人しかいなくて、とても稀なことからマージャンの大三元の由来となった
・文官試験と同じく武官試験も整備されたが、受験してきたカンフーマスターたちの多くは字が読めなかったので、実技はできても筆記試験が機能せずに廃れていった
・唐や宋の時代には作詩がテスト科目に入っていたのでみんな詩の勉強をして、その頃に偉大な詩人が多く輩出されたが、元以降には科目から外されたためにその後はさっぱり偉大な詩人が現れなかった
・医療は科挙の初期の頃は、試験に関わらず志される職業だったが、後期は試験でダメだった人が志す職業になった
・工業や商業は卑しいものの仕事だとされたために、長い間停滞した(紙の発明や医療技術などの中国の優れた発明はみんな科挙以前)
・西洋の物語のヒーローは、騎士や戦士などのアクションヒーローが主流だが、中国のヒーローは科挙試験の優等生
・明や清の時代の小説家(三国志、水滸伝、西遊記などの作者)たちは試験でうまく行かなかった人たち
・厳しい対策にもかかわらず、収賄やカンニングが横行してさまざまな事件が起きた
・模範エッセイを小さな字で書き込んだシャツや豆本を作るカンニンググッズの専門会社が繁栄した
・途中で受験をあきらめて地方で家庭教師をやったり、下級官吏で雇ってもらったりする人もいたが、何十年も試験を受け続ける人もいて、「プロ受験生」化したり、受験勉強だけで人生を送る多年浪人生は社会のパラサイト化していた
・科挙試験のおかげで、教育を重んじる文化が形成されたが、試験の準備=教育だった
・科挙試験の文化は現代のテスト社会に色濃く残っており、過度な受験戦争の弊害が続いている
 など、面白いエピソード盛りだくさんで話してくれた。講義を受けているのはみんな大学院の博士課程も後半の人たちなので、Dr. Suenも大学院の試験制度と科挙試験の共通点を引き合いに出しながら、笑いを取っていた。
 もし自分が科挙の時代に生まれていれば、受験もほどほどに、何か適当に金になることをやって過ごしていたかもしれない。自分はテストでうまくやるスキルはあまり高くないし、テストのための勉強は好きな科目でも苦痛でしょうがないので、これで人生の評価が決まる社会では自分はちと厳しい。何の因果か、やむなく科挙試験みたいなのをあくせく受験していたりするわけだが、もうこれ以上は勘弁である。
 講義を聞いていて、テストというのは教育のためではなくて、時の権力を維持するための機能としての意味の方が強いのだなと考えさせられた。中世の日本では中国の文化は何でもCoolなもので、制度や文化と共にこの試験制度も日本に持ち込まれたが、世襲制度が強かったために形骸化して、テストでがんばっても意味ないジャンということですぐに廃れていったそうだ。テストでがんばりさえすれば社会階層をのし上がれるというメリットはあっても、テストですべてが縛られた社会というのは生きづらい。しかも昔も今も同じく、やはり裕福な家の方が有利なのは変わらず、建前で言われているほどには実際には可能性は高くない。そして今の日本は、「いい大学にいけば、人生の成功をつかめる」という幻想も崩れてきており、テスト中心の教育システム自体が機能しなくなっている。しかしその教育システムは、テストで成功した人々が支えており、その人々はそのシステムを維持する方向にしか進めない。今さら自己否定につながることはできないし、基本的には自分がうまくやれる今のシステムが好きだから変えたくないのだと思う。
 Dr. Suenは香港人で、テスト理論研究の分野では優れた実績をもつ研究者だ。アメリカのNo Child Left Behind政策の影響でのアメリカのテスト社会化傾向を危惧して、これまでに進めてきた中国の科挙試験の歴史研究を本にまとめて出版するそうだ。その研究からの今回の講義のポイントは、テストが社会にどのような影響を与えるかということを歴史的に考察することだった。そのための題材を提供してくれつつ、聞きながら大いに楽しんだ。彼のような仕事が学者としての優れた仕事だなと思う。学問をエンターテイメントにもでき、社会問題解決への拠りどころにもできる。そう考えると、自分は研究者たりえても、勉強嫌いが災いして、学者としては厳しいなと思う。まあ、外の世界の人々からすれば、学者も研究者も同じなんだろうけど。