酒飲みの理論とテニュアの話

 先日、うちのプログラムの教員の一人であるクリス・ホードレイから、プログラムのメーリングリストで、「金曜の夕方、久しぶりにハッピーアワーをやろう。いつものウィスカーズ(大学内のホテルのバー)で飲んでるよー」という呼びかけがあった。ハッピーアワーというのは、適当に集まってビールを飲むインフォーマルな飲み会で、数年前は毎月のようにやっていた時期もあったが、音戸を取る院生がいなくなってしまって、ここしばらくやってなかった。今回は、この間テニュア(終身在職権)を取ってひと段落のクリスが、呼びかけてくれた。
 呼びかけのメールが出回ると、普段は業務連絡しか流れていないメーリングリストで、ジョークが飛び交うのが可笑しい。HCI分野で有名な研究者のジョン・キャロルが、「ソーシャルドリンカーは、ノンドリンカーよりも稼ぎがいい」という研究結果が出ている。ハッピーアワーのいいトピックだろう?と反応してきた。それを聞いてジョーク好きの院生が、「実証研究はされてないが「バッファロー理論」というのもあるそうだよ」と応じる。
 このバッファロー理論というのは、酒飲みのおっさんたちのジョークで、「バッファローの群れを見てみろ、いつも遅いやつに合わせてしか移動できない。そして一番遅くて弱いやつが食われて死ぬ。でもそのおかげで少し早く移動できるようになる。これがビールを飲む人間の脳でも起こってるんだ。脳も一番動きの遅い脳細胞に合わせてしか活動できない。そしてビールを何杯か飲んで酔っ払えば、一番遅くて弱い脳細胞が破壊される。すると頭の回転が速くなる。だからみんな酒飲むと頭が良くなった気がするんだ。どうだ、わかったか。」という愉快な話である。
 そんな感じで和みつつ、ハッピーアワーには入れ替わり立ち代わりで久しぶりの顔ぶれや新しい顔ぶれに出会った。コースワークが終わってしまうと、新しい院生に会う機会は少なくなる。教授や他の院生たちも、最近こういう交流の機会が減っていて、プログラムの結束が弱まっているからもっとやろう、という話になった。酒を飲む飲まないに関わらず、社交の機会は重要な社会資本であって、それをみすみす逃しているのは、学習コミュニティを研究しているくせに望ましくない、という話である。
 クリスとゆっくり話す機会がもてたので、前から一度聞こうと思っていた「テニュアファカルティになってみてどうよ?」という質問をしてみた。すると「平日休みを取る時に他のテニュア教員にはばからずによくなったのと、あまり自分が望まない仕事を請けなくてもよくなったことので、楽になったし、周りのリスペクトも多分高まったのもあって、気分いいよ」という答えだった。
 米国の大学教員は、かなりの割合の人たちがテニュアトラックと呼ばれる、テニュア取得を目指すキャリアパスを進む。取得までの数年間は尋常でなく働いて、論文を量産して業績を上げ、大学への貢献としてカウントされる活動に励む。通常6年程度の間、その評価期間に求められる業績をあげ、審査の結果、晴れてテニュア取得となる。取得できない場合は、他の大学に就職口を求めなければならない。ノンテニュアの場合はたいがい有期か非常勤のようなポジションしかなく、雇用の安定度や大学内でも周辺的な存在として扱われることが多い。
 テニュアトラックに進んだら進んだで、数年間は相当なプレッシャーの中でマシーンと化して働き続けることを余儀なくされる。なので若い教員はみんないつも仕事に追われている。女性教員はテニュアが取れるまでは子を産んでいる余裕もないので、高齢出産のケースが多くなる。みんな多くのものを犠牲にして数年間を過ごすので、テニュア取得で一息つきたくもなる。クリスはちょうどそんな時期のようで、少し前に比べて、かなりリラックスした感じで過ごしている様子だ。
 テニュアという制度自体については、良し悪しあって、一概にいいものとも悪いものとも言えない。こういう制度は、その組織がどういうマネジメントをしたいかによって枠組を決めるべきもので、その点においては、ペンステートや他の多くの米国の大学におけるテニュアの制度は、やや硬直的なきらいがある。日本の大学でこれをやっても、評価制度の運用が雑になったりして、容易に形骸化して、不便ばかりが増しそうな気がする。
 自分がこの制度の導入の是非を判断する立場であったなら、テニュア制度ありきで考えるよりは、まず若い研究者たちが健やかによく働いて、しっかり力をつけることに寄与する制度を他に作れないのかを先に考えると思う。個人的には、テニュアは制度的にいろんな局面で不健康さを内包しているところが気に入らないので、部分的には参考にすることはあっても、真似たようなものを導入することはまずやらない。

酒飲みの理論とテニュアの話” への2件のコメント

  1. テニュアは大変そうですよねぇ~。アメリカの大学のAssistant Prof.の離婚率は尋常じゃないらしいですよ!!
    アメリカの大学で教員になるなら、小さい大学で教育がメインのところに就職する方が、人間的な生活をおくれますよね!!
    話は変わりますが、ポットラックはいかがでしたか?誘われていたんですけど、用事が急に入ってきていけなくなってしまったのです。誠に残念…。
    では!!

  2. >テニュアは大変そうですよねぇ~
    全くそう思います。
    >話は変わりますが、ポットラックはいかがでしたか?
    どちら様か存じませんが、今日のポットラックを
    知っているとは相当ローカルな方ですね。
    美味いものがたくさんあって、楽しかったですよ。
    たこ焼きとかおいなりとかごぼうサラダとか焼酎とかもろもろ。
    個人的にはコロッケ作ったのが今いち失敗だったのが
    残念でした。

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